日本から”日本人”がいなくなったら・・・

こんにちは、ムギです。

何かとおかしなことが起きる昨今。納得のいかないことばかりで苛立ちや不安を感じているあなたへ。

大切なものを見失わないように、ここで一つちょっとした小話を聞いていってください。

テーマ「テセウスの船から今の日本を見つめ直す」

皆さんは「テセウスの船」という話をご存知でしょうか?


「テセウスの船」 

アテネの若者と共に帰還したテセウスの船は、アテネの人々によって大切に保管されました。
テセウスの船を造った職人の技術は受け継がれ、当時の手法で、当時の設計のもと、慎重に修理されてきました。そして腐った部分があれば新しい木材と取り替えを行い、長い年月が経ちました。

気がつけば当時の木材はすっかり取り替えられてしまい、現在のテセウスの船のどこにも残っていません。

さて、「この船は、テセウスの船である」と言えるでしょうか?

この話はパラドックス(逆説)の問題としてよく紹介されます。

「その時の木材はどこにも残っていないのだから、これは別の船だ」

または

「テセウスの船が、テセウスの船として保存され、その目的で修理が繰り返されてきたのだから、まさしくこの船はテセウスの船だと言える」

の二通りの答えになるかと思います。

もちろんどちらが正解でどちらが不正解というものではなく、自分はどう考えた上でどう答えるかに意味があります。

とはいえ、急に自分なりの答えを出せと言われても難しいでしょう。

この問題の本質は「何がテセウスの船をテセウスの船と認識させているのか」ということに他なりません。

もう少し分かりやすい問題から考えてみましょう。

同じ材料、同じ大きさ、同じ製造過程の船(つまりはコピー)を用意したとき、それもテセウスの船と呼べるのか?

これの答えも分かれるところかと思いますが、まずはその世界に一つだけのテセウスの船と後から造られたものとは何が違うのかを考えると自分なりの答えを導き出せるでしょう。

それはその船がした航海の歴史であり、数々の偉業であり、船員たちとのストーリーであったり・・・

例えどんなに見た目も性能も同じものが造られたとしても、それはテセウスの船2号であり、1号にはなり得ない。そう答える人が大半ではないでしょうか。

もちろん「テセウスの船」を商標などとして考えた場合は、同じであるという答えも出せるでしょう。

人の考えは二分するかもしれませんが、考え方としては「側と中身」「ハードとソフト」「属性と歴史」「体と心」がポイントになるでしょう。

側が同じなら中身(歴史)がなくても(違っても)同じと言えるのか。

側が新しくなっていても、中身(歴史)変わっていなければ同じと言えるのか。

そういった観点から最初の問題を考えるとどうでしょう?

木材も新しくなり、確かに見た目は同じとは言い難いかもしれません。それでもその歴史は確かに引き継がれており、まさしくテセウスの船といっても差し支えないように思えます。

しかし、実際にその船に乗船していた人がそのほぼ新しくなっている船を見たとき、「これは俺達が乗っていた船なのか?」と考えてしまうかもしれません。

それが「テセウスの船」と呼べるかはその時間的空白と関係性によっても変化しそうです。

例えば久しぶりにあった友人の性格が全く変わっていたらあなたはどう思いますか?

昔はあんなにやさしくて明るかったのに、今はいつも不機嫌で横暴な性格になっていたら・・・

もちろん戸籍上人が入れ替わることはないのでまさしくその人のはずなのに、違和感や戸惑いを感じてしまう。

それでもそのままの彼・彼女を受け入れるのが友情だ、愛情だ、信頼だという人もいます。

しかし大半の方は、昔の友人の性格であってほしかったと思うだろうし、今の性格を受け入れられなければ離れるでしょう。

このように、「テセウスの船」という話は、自分は何をもって”それ”を認識しているかを改めて考えさせられる問題なのです。


さて、急になんでこんな話をしたかと言えば、今の日本がまさしくその”テセウスの船”なのではないかと思ったからです。

確かに日本は島国で、歴史上まさしくここは日本のままのはず。

それなのに、「あれ、日本ってこんな国だったっけ?」と思うような出来事がニュースだけでなく、身近でも感じられるようになってしまいました。

日本という国を成り立たせているのは”日本人”である。

そんな当たり前が崩れているように感じてしまいます。

仮に日本から”日本人”がいなくなってどこかの国の人々だけで構成されるようになったら、そこは”日本”と呼べるのか?

一つの人種、つまりは日本人オンリーじゃないといけないわけではないと思います。例えば私が住む群馬県では昔からブラジル国籍の方がおり、学校にもいるわけでどこかそれを当たり前のように思っていました。他にもベトナム国籍、インド国籍、アメリカ・ヨーロッパなど様々な人々を街のなかでお見受けできます。群馬は観光がメインの県ではないので、そういった人々は主に日本に住んでいる方々でしょう。

このような人々は人種や国籍は違えど、日本の文化やルールを知り、それを守りながら他の日本人と協調して生活していました。だからこそ街の中に溶け込んでいるように感じられるのでしょう。

そしてそれは先程のテセウスの船の問題で言えばまさしく「中身・ソフト・歴史・心」の部分ではないでしょうか。

逆に日本人でありながら、日本に恨みでもあるかのように批判し、日本の文化・社会を壊そうとする人もいます。そういった人達も、文化侵略をするような人たち同様、日本という国の「側・属性」の部分しか見ておらず、良いとこ取りをしようとするところは共通しています。

これらを踏まえると、やはり”日本人”とは何か、”日本”という国を成り立たせているのは何かはその中身や歴史、文化にこそあると考えます。

私達日本に住む人々一人一人が、日本人であるとは何かを再度考え直す必要があり、それこそが今の日本を守るヒントになると私はそう思っています。

投稿者: ムギ

介護施設の事務員をやってる30代男です。商業高校卒業後、調理師専門学校入学、調理師としてホテルのフランス料理レストランに勤務。その後、地元のレストラン、漬け物工場、回転寿司屋、ステーキ屋と働き現在の職に転職しました。現在は介護福祉士の資格取得のため勉強中です。

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