誰からも”排除”される社会

こんにちは、ムギです。

今回は「キャンセル・カルチャー」をテーマにお話しします。

「キャンセル・カルチャー(cancel culture)」とは、主にソーシャルメディア上で過去の言動などを理由に対象の人物を追放する、現代における排斥の形態の一つを言います。

対象は芸能人やインフルエンサー、政治家といった著名人から一般人まで。その対象者の過去の犯罪や不祥事、不適切な言動とその記録を掘り起こし、大衆に拡散して”炎上”を誘います。それに留まらず、役職辞任や売上不振などの制裁を求め、社会的地位を失わせる運動をキャンセル・カルチャーと言います。SNSが普及した2010年代にアメリカから始まり、欧州、そして日本、韓国にも広がりました。

一般的にキャンセル・カルチャーは、民主主義に必要な言論の自由が阻害されるものとされています。

このキャンセル・カルチャーに「攻撃することが目的な人がいる」点と、「不適格な人を排除する風潮は正しいのか」という問題があります。

まず「攻撃することが目的な人がいる」点について説明します。

”炎上”全般にも言えることですが、批判に加わっている人の中には、深く考えずにストレス発散のために加わっている人もいます。そして相手のことを対して知らないのに、誹謗中傷、特定行動、いわゆる「凸(とつ)」行動を起こす人がいます。

どんなに相手が悪くても、このような私刑が認められてはいけません。それで相手が冤罪だったり誤解だったとしても、相手が受けた被害に対しての責任をこういった第三者やさらには言い出しっぺすら責任を取らないことがほとんどです。

また、情報を受けとる際にも注意が必要です。YouTubeやGoogle検索でも、いつも見ている内容や調べていることが「おすすめ」として検索されやすくなっています。自分と反対意見や興味のないことに関しては情報が入りづらくなっており、世論とのズレがあったとしてもそこに気がつきにくくなります。

また、Twitter上ではトレンドに入っているからそちらが多数派だとも限らないというデータもあります。(一番下の記事を参照してください)。いわゆる「煽り報道」というものはどこでも存在します。新聞やメディアによっても偏向報道や、まったく「報道しない」こともあります。ネット上ではフェイクニュースやあまり取材しないで誤った情報を流されることもあります。

だからどれが一番良いというよりは、情報源が一つだけという方が危険なのです。

特に政治や企業、海外に関するニュースは、一つの件を複数の情報元から受動的に調べることが必要だと思います。統計データや、リンク先がある場合はそこもきちんと確認しましょう。反対する意見等にも耳を傾けましょう。そうして相手の主張や行動を理解した上で批判や私見を述べる分には問題はないでしょう。

ただその批判や私見に「この企業の商品は買うな」「あの町には行くな」「あの人は辞職するべき」など発言するのはどうでしょうか?これこそがキャンセル・カルチャーの二つ目の問題点、「不適格な人を排除する風潮は正しいのか」という点です。

その対象者が政治家であったり企業の代表であったりと、社会に大きく影響を与える人物であれば、言動に整合性があるかをみたいのは至極正当だと思います。

しかし、どこまで過去の問題を掘り下げるかというのは明確ではありません。過去のことであれば事実や真意は本人と当事者に確認するしか実際のところが分かりませんし、現在はしっかり反省しているかもしれません。それをいつまでも”レッテル貼り”をするのは正しいのでしょうか?

また、「あの人は◯◯だから、~しろ(するな)」という人に根拠があったとして、実際にそれを判断するのはその人自身ではなく対象者の所属する団体の長や役員会です。行きすぎた主張は”社会の私物化”をしているように感じます。

例えば自分が勤めている企業で、「あの人はあんな悪口を言っていた」「あんな悪いことをしていた」ということが分かってすぐにその人はクビにされるでしょうか?一発アウトな事案でない限り、まずは事実確認を行い相手の主張・真意を聞いた上で、注意喚起と指導を行い、行動を是正してもらうのが手順のはずです。それで「あいつを辞めさせろ、みんなもあいつを攻撃しろ」というのは、それは社会のためでも何でもなく、ただの”利己的な主張の正当化”に過ぎません。

一つの失言や行動で”選別”される社会は民主的と言えるのでしょうか?その人の罪の問題を人格否定まで大きくして、”多様性”を受け入れている社会と言えるのでしょうか?

しかもキャンセル・カルチャーを先導する人の中には、「平等な社会」や「個人の尊重」を訴える人もいます。これこそ自身の言動の矛盾ではないのでしょうか?

誰かを監視する人もまた、誰かから監視されている。

私も含め、自身の行動と言動を普段から見つめ直す時間は誰しも必要ですし、指摘した相手が的はずれなことを言っているとは限らないことを肝に命じた方がいいのかもしれませんね。

キャンセル・カルチャーの問題点を中心に挙げましたが、一方で大衆の声が世間に聞こえるようになった面は肯定しても良いように思えます。

SNSを使うようになりいわゆる”中の人”の声が直接聞けるようになりました。それにより今まで知らなかった不正や不当が暴かれるようになりました。以前からオールドメディアでもこういった内部告発からニュースになることはありましたが、やはり視聴率や購読数が大事なので、よくあること・あまり大きな内容ではないと判断されれば記事にされません。

やはり「一般の人が見ておかしい」と思うラインが明白になるのは、社会全体のモラルが上がって行くために必要ではないでしょうか。結果さえ出していれば何でも許される時代ではなく、人々の”共感”を得られる企業や人物が、社会から応援されると私は思います。


参考

「正義と公開討論に関する書簡」HARPER’S MAGAZINE

「国葬反対「ツイッターデモ」、3.7%の投稿で全体の半数、4219日のアカウントも」読売新聞オンライン

Amazon/『CONFLICTED/衝突を成果に変える方法』イアン・レズリー著

YouTube/岩田温チャンネル/【スペシャルゲスト登場】左派系・同性婚推進論者は思想信条の自由を踏みにじるのか?スペシャルゲストと共に先鋭化するLGBT活動家を徹底批判(23/2/7)

投稿者: 麦ブログ

介護施設の事務員として働いてます。現在行政書士資格取得のため勉強中。

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