ゆく河の流れはどこへ向かう

こんにちは、ムギです。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」

こちらは鴨長明著の『方丈記』の一文です。古典ではありますが、何となくでも意味を感じ取れるのではないでしょうか。

歴史や人生を”水”に例えるこの前文は、『平家物語』にも通じるものがあります。著者の鴨長明は何かと「ミニマリスト」と言われますが、ただの風流な歌人ではありません。

賀茂御祖神社(現・下鴨神社)の神事を統率する禰宜(ねぎ)の鴨長継の次男として産まれながらも、早くにその父が亡くなり、才能を認めなれながらも妬まれてしまい、出世することはできず、50歳で出家します。この『方丈記』にはそういった頃の出来事や、これまで体験してきた大火、飢餓、地震などを踏まえ、人の世に未来永劫などないことが綴られています。

水も留まれば腐っていく。ペットボトルの飲料水にも賞味期限があるように。河の水が澄んでいるのは常に流れているからです。

河の流れは緩やかなところもあれば、激しいところもある。雨が降ればさらに状況が変わる。短い川もあれば、長い川もある。でも、行き着く先は決まっている。そしてその先に行けば、天に登り、また雨となって戻ってくる…

個人、家族、会社、地域、国一つとっても同じです。永遠のものは何一つない。繁栄する時期があってもいつかは衰退し、やがて終わりを迎えます。

その繁栄や安定した時期を少しでも長くするためにも、世代交代・継承や時代の変化に対応することが必要です。そこで必要になるのが分岐点を間違えない”判断力”と然るべき”決断力”、そして”自制心”です。

「人生に明確な目標を持って、努力しなさい」「人間一人一人にある”使命”を全うしなさい」「あるがままを受け入れ、流れに身を任せた生き方をしなさい」

いろんなことを言う人がいて、それぞれいろんな受け方があって。

ただ一つ明確に言えるのは「今あなたが思い描いている”自分”が数年後の”自分”」だということです。良くも悪くも、人はその”今の自分に対するイメージ”によってどんどんそちらへ近づいているのです。

今のあなたの食生活や生活習慣が数年後のあなたの健康を決める。今のあなたの人付き合いが数年後のあなたの人脈を決める。今のあなたの行っている努力や勉強が数年後のあなたの道を決める。

その時、その瞬間を生きていますが、結果的に人生はそれらの連写体で成り立っています。

大きく変わることはないがずっと同じではない。いつも同じように見えるが実は全然違うこともある。あるきっかけ一つで今までの自分の世界が違って見えるように…

だからいつでもポジティブに考えろとか、ネガティブに考えろという意味でもない。「どう頑張ってもダメな時はあるし、かといって悲観的に考える必要もない」。それが一番真理に近いように私は思います。

河はどの瞬間を切り取っても一つとして同じものはない。でも、どの瞬間を切り取っても進んでいる。濁ることはあっても進んで行くなかで澄まされていく。

”運命”だったと思える出来事があっても、これから先の運命までは分かりません。だからこそ、抗う必要もなければ、諦める必要もない。自分のなりたいイメージに向かって進んでいけばいいのではないでしょうか。


参考文献

『方丈記』鴨長明 著

投稿者: 麦ブログ

介護施設の事務員として働いてます。現在行政書士資格取得のため勉強中。

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