”観ること”を考える

こんにちは、ムギです。

今回は「観自在」をテーマにお話しします。

”観自在”とは、『般若心経』の中にもある仏教用語です。広辞苑では「諸法を観ずることが自由自在であること」とあります。これだとまだ難しくて分かりません。

では”観ずる”ことを調べると、「よく観察し思い巡らせて正しく知ること」とあります。”諸法”とは「宇宙間に存在する有形・無形のあらゆる事物」を意味します。

つまり”観自在”とは「宇宙間に存在する有形・無形のあらゆる事物をよく観察し思い巡らせて正しく知ることが自由自在であること」となります。

ただ見るだけではなく、そこから2ステップも3ステップも手順があるのです。”観る”ことがいかに普段おざなりになっているか考えさせられます。

もともと観自在は「観自在菩薩」のことを表す言葉でもあります。世界中の人々の救いを求める声を聞き、救済する菩薩です。「観音菩薩」「馬頭観音」などと様々な呼び名があり、人々を救う際に様々な姿を変えて現れるそうです。

”観自在”の概要を理解した上で、私たちが観自在に近づくために必要なことを考えていきます。

まずはある物事が起こった時に、その「真意」と「背景」を一緒に理解しようと努めることです。正しく観れない人は見た目通りのことでしか判断できず考えが浅くなり、間違えた捉え方をしてしまいます。

TwitterやYoutubeを見ていても、浅い認識で発言する人のなんと多いことか。もちろんこれは勘違いされやすい見出しにした(印象操作しようとした)ライターや制作者側の問題もあります。ちゃんと読まない人はすぐに騙されたり誤解されたりします。

特に自分の専門外のことに関するコメントには気を付けましょう。自分の”にわか”をさらして批判されるばかりでなく、不必要に他者を傷つけることにつながるからです。

批判をする場合や相手に問題提起をする時は、やはり自分自身も相手と同じ体験をする・同じ視点に立つのが一番です。「百聞は一見にしかず」ですね。それが出来ないなら、相手の立場が分かるくらい勉強しましょう。その場合も、批判ではなく提案の形がいいです。※皆さんも仕事や家事をする中で上司や同僚から「何でこんなことが出来ないんだ?」とか言われたら「じゃあ、お前やってみろよ!」って思いますよね?

これは経験者であっても同じです。○○歴何年と聞くと信用はされますが、経験年数が長いこととその業界を熟知していることはイコールとは限りません。社長だからといって全部の部署のことが分かるとは限らないのと同じです。時には知識や経験が偏っている方もいます。

また介護業界もそうですが、法改正が繰り返されていたり、科学的根拠が見つかり今まで教わってきたことが違っていたりします。自分が正しいとは限らないことを自覚するのが先決です。

現場の生の情報、発信者の経験・ノウハウや知識に基づく主観的意見、誰が見ても分かる客観的な根拠、世の中の(世界的な)証明されている通説や理論。これらを区別できる人が情報を発信した方がいいでしょう。そして、情報を受ける側にもそれを見極める「目・識別力」と情報を自ら得るための「足・努力」が必要です。

そこから「見えているモノ」と「見えていないモノ」を両方”観る”ことが大切です。これは対人関係においても同じことが言えます。

「人は見た目が9割」と言われる程、大半の人は第一印象だけでその人を判断します。格好だけは一人前でも知能や発言が薄っぺらい人の何と多いことか。

もちろん中身が一番大事だからと言って不衛生な格好や、行儀や言葉遣いが悪いのはいけません。マナーやモラルという観点から見ても、見た目や作法に気遣うのは必要です。スメハラという言葉がある通り、体臭や口臭がしないよう清潔さを保ち、ケアをすることも必要です。

そういった見た目や言葉遣い、作法も他人を気遣ってこそ。人としての中身が出来れば自然と出来てきます。中身もないままに見た目だけを着飾った人はいづれボロが出ます。そういう所も他人は見ていますし、自分自身も見られているのです。

この人は何を考えてその行動をしているか?何を信条として日々生活を送っているか?普段言っていることとその行動は合っているか?

自分も他人をこのように観ていますし、他人からも自分はこのように観られています。

そうなると、もう一つ必要な「目」は”天の目”、すなわち自分自身を上から客観的に観察することです。

自分が他人なら今の行動は最適だったといえるのか?今の発言は相手にどう思われたか?普段の言動と今日の行動は合致していたか?

自分を過小にも過大にも評価しない。観客席から自分自身の今のプレイを振り替える。こういうことができる人があらゆる人・物・事を正しく”観て”、分別することが出来るのです。

”観自在”に必要な技術・視点をまとめます。

  • ミクロな視点とマクロな視点(虫の目と鳥の目)
  • 生の情報を見る、体験することの貴重さを理解する。そしてそれを得るための努力をする(足を使う)
  • 「その情報は正しいのか」裏付ける情報力と識別力
  • 他者の行動や気持ちを推察、推し量ることができるイメージ力
  • 自分の欲や固定観念に縛られない
  • 自分自身を正しく評価できる天の目

これらを自由自在に扱えることが”観自在”なのではないでしょうか。これからの社会、そして自分自身の”観方”を考えるヒントになると思います。

もしも世の中を正しく観ることが出来たなら、”救い”は案外、自分の近くにあるかもしれませんね。

投稿者: ムギ

介護施設の事務員をやってる30代男です。商業高校卒業後、調理師専門学校入学、調理師としてホテルのフランス料理レストランに勤務。その後、地元のレストラン、漬け物工場、回転寿司屋、ステーキ屋と働き現在の職に転職しました。現在は介護福祉士の資格取得のため勉強中です。

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