変わることへの責任

こんにちは、ムギです。

3月7日で解除されるはずだった緊急事態宣言が1都3県で延長されましたね。

予想されていたとはいえ、経済はもちろん、一人一人の肉体的にも精神的にもきつい日々がまだ続きます。そして、これも予想されていたことですが、今回の政府の判断に対し賛否両論、様々な意見が飛び交っています。

もちろん様々な人の立場があり、苦難もそれぞれです。思うこともそれぞれです。

感染者、感染者家族、医療従事者、政府、メディア、職を失った者、学生、家族を支える主婦、若者、高齢者、感染者が近くに出ていない街の住人…

様々な人が自分達の周りの苦しみを訴え、政府は何をしているんだとか、医療従事者は何をしているんだとか、若者が出歩くからだとか、緊急事態宣言の延長は賛成だ、反対だ…

一人一人考えも違うし、立場も違う。だからこそどの意見も正しいと同時に、どの意見も正しくないように感じています。

確かに良くない行いをしている人達はどの立場にもいます。しかし、大半の人達はそれぞれの立場で全力を尽くしています。

政府がどうのこうの、医療従事者がどうのこうのいう問題ではなく、一人一人のモラルの問題ではないでしょうか?

もし本当に政府に問題がある、医療に問題があると思うなら、その人は政治家や医療従事者になるべきです。職場なり役職なり、自分がその中に飛び込むことでしか、自分の正しいと思うようには変えられないのです。

外の人間がいくら正論を述べてもそこに責任はありません。その発言が世間一般的には正しくても、変わったことによる責任は中の人間にしか取ることは出来ません。

何かが変わればそれに抵抗する者も現れます。何かが良くなれば何かが悪くなることは多くあります。その悪い方からの訴えや恨みを聞く覚悟がある人が中の人間であり、覚悟の無いものは外に出るべきです。

中の人間はこういった苦悩を持っていることを考えた上で他人に意見しなければなりません。だからこそ、誰かが傷つく発言は控えるべきなのです。かくいう僕自身も自分の発言には細心の注意を払っているつもりです。

誰かの批判は他責であり、そこに自分自身を見つめ直す余地はありいません。自分に出来ること、協力できることはあるはず。その意識を変えるべきです。

世間を批判するより、自分ができることをし、自分が会う人達を気遣ってあげる。これが答えではダメなのでしょうか?

そんな風に思う、今日このごろであります。

投稿者: ムギ

介護施設の事務員をやってる30代男です。商業高校卒業後、調理師専門学校入学、調理師としてホテルのフランス料理レストランに勤務。その後、地元のレストラン、漬け物工場、回転寿司屋、ステーキ屋と働き現在の職に転職しました。現在は介護福祉士の資格取得のため勉強中です。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください