こんにちは、ムギです。
今回は「低評価の意味とは」をテーマにお話しします。
高評価ボタン、グッドボタン機能はSNSがここまで広まった要因の一つではないでしょか。「いいね」をつける・つけてもらえることが、人の社会的欲求を刺激しました。
一方、SNSの中には低評価ボタン機能があるものもあります。世間には本当に粗悪な動画や不快にしかならない記事などもありますから、開発者は必要と思ってこの機能もつけたのでしょう。
しかし僕は”低評価機能を付ける意味はない”と考えます。これはSNSの投稿に限らず、テレビ業界、飲食業界などに対しクレームをつけることも同じです。
あくまで持論ですが、最後まで読んでもらえたら納得していただけると思います。
話の概要はこのようになります。
①正当なクレームと悪質なクレーム
②店舗と顧客の関係性
③批判、評論は誰の仕事
④本当に意味のある”低評価”の表し方
順を追って説明します。
①正当なクレームと悪質なクレーム
これは僕が以前書いた記事「お客様とクレーマーの線引き」の内容にもなります。
正当なクレームは顧客(視聴者等含む)が金銭的・物理的・健康的に被害を受けた場合主張されるもので、店(発信者等含む)側は保障しないといけません。
一方、悪質なクレームは自分の要望・願望を押し付け、過剰な保障を要求し、あわよくば金銭などをせしめようとすることです。発信者や店に視聴者や顧客が来ないように悪意ある書き込みなども含まれますね。
どちらも同じクレームと言われますが中身はまったく違うものです。そのはずなのに多くの企業、発信者が同じ対応をしてしまい、泥沼にはまっています。
こういったクレームにやられやすい企業や発信者に共通するのは第3次産業、所謂サービス業が多いです。こういったサービス業は「お客様は神様」「おもてなし」精神が働くのか、店側と顧客との立場がおかしなことになっています。
②店舗と顧客の関係性
そもそもの話。店舗と顧客は取引によってつながっています。顧客は店のサービス(商品)を受ける・視聴する・体験することに対し、金銭という報酬を払う。企業間で行う商取引と一緒なのです。
取引はお互いの合意に基づいて行われます。取引の起源が物物交換だったように、商品に対して妥当と思われるモノ・金額で支払われます。しかし、双方の心境として、店舗側は高く売りたい、顧客は安く買いたいものです。それは、企業としての存続、家計の存続などの裏の心境もあります。それもすべて踏まえた上で取引が行われるのです。
要はお互いにとってwinーwinの関係にするのが取引です。loseーwinもwinーloseは正当な取引とは呼べません。それらは搾取です。
だからこそ顧客は金額と釣り合っていないと思えば主張してもいいのですが、店側も主張してもいいのです。店側(発信者)にも出来ることと出来ないことがあり、それも踏まえて店側は顧客に対しルールや制限を決めています。
だからこそ、顧客は店側の要望やルールを守らないといけません。その上で、はじめて店側に指摘や要望を伝えられるのです。
僕自身飲食店で働いてきた中で思うのが、このあたりの関係性が飲食店は歪です。だから飲食店は存続が難しいのです。
すべての来た顧客の要望に答えるのは不可能です。それを「お客様は神様」「おもてなし」「サービス」「言論の自由」などの言葉だけが独り歩きし、顧客もお金を払っているのだからと強気になって何でも言ってきます。それはお互いにとって良い取引なのでしょうか?
これはSNSやYouTube、テレビ業界も同じように見えます。発信者への批判や企業への批判、さらには個人への批判は一見正当に見えますが本当に正しいのでしょうか?発信者側や企業側のことも考えていっているのでしょうか?
③批判や評論は誰の仕事
指摘することは誰にでも出来ます。しかし、批判、さらには評論となると違います。それが出来るのはその店(発信者)と同業者か、株主に限られます。
その業界のことも知らないで批判することは本来できません。それは、実際にその業界で働いている、働いていた人、体験した人でなければできません。評論家にしてもそうです。
三ツ星の格付けをした人が名料理人とは限りません。顧客と店舗側の差は大きいのです。
ただ株主は違います。株主は配当金を得るために投資した企業に対し主張する権利があります。そのために株主総会があります。
それでも株主は企業に対し批判しません。そもそも批判するようなところに投資しないからです。儲けがでないと分かっている株式を皆さんも買わないでしょう。買った株式が危険だと分かったならすぐに手放しますよね。
そしてこれこそが、企業にとって最も痛く、かつ誰も傷つかない”低評価の表し方”のヒントになります。
④本当に意味の”低評価”の表し方
「批判するな」「評論するな」と言われても、どうしても納得のいかないこともあるでしょう。あきらかな金銭搾取や嫌がらせはさておき、理不尽に感じたことや不快な思いをしたこともあるでしょう。
そんな時は怒りに身を任せてクレームを言ったり復讐しようとしてはいけません。制裁を与えようなんて考えないでください。批判した人のこと、さらには従業員のことを一度考えて欲しいのです。人を傷つける権利は誰にもありません。
誰も傷つかない低評価の表し方は、もう”買わない”ことです。利用をしないこと、視聴をしないこと、訪れないことです。要は”無視”すればいいだけのことです。
「何だそんなこと」と思われた方もいらっしゃると思いますが、そんなことができない人も多くいるのも事実です。
番組や動画に対してクレームや批判コメントを残す人もそうですが、不快なものに対して不快なものを残すくらいなら見なきゃいいと思いませんか。高評価がある以上それを「良い」と思っている方だって多くいるのですから。
そして、もしも視聴なり利用なりが減っていけば売り上げが減っていきます。それに対し気づいた企業は改善していくし、気づかない企業はそのまま淘汰されます。
だからこそ批判や評論、さらには制裁する必要なんてないのです。「あなたのため、企業のため」とか言ってその業界外の人が論じる必要なんてないのです。
「取引をしない」ことが本当に意味のある低評価の表し方ではないでしょうか?
ここまでの記事を読んで納得してくれた人も共感してくれた人、はたまたしなかった人もいるでしょう。
ただ、これだけは分かって欲しいことがあります。
それは相手のことを批判や評論する前・低評価を押す前に、その行為が誰かを傷つけないかを一度立ち止まって考えて欲しいのです。
本当に”その行為”をする必要があるのかを考えて欲しいのです。
