多数決が正しいとは限らない

こんにちは、ムギです。

今回は「アビリーンのパラドックス」をテーマにお話しします。

アビリーンのパラドックスとは、アメリカの経営学者ジェリー・ハーベイが考案したものです。アビリーンというのは、アメリカのテキサス州にある田舎町で、誰も行きたがらない町で有名なんだそうです。

そんな町名を題したパラドックスというのをご紹介します。


ある8月の暑い日、アメリカ合衆国テキサス州のある町で、ある家族が団欒していました。

そのうちひとりが53マイル離れたアビリーンへの旅行を提案しました。誰もがその旅行を望んでいませんでしたが、皆他の家族は旅行したがっていると思い込み、誰も反対しませんでした。

道中は暑く、埃っぽく、とても快適なものではありませんでした。提案者を含めて誰もアビリーンへ行きたくなかったということを皆が知ったのは旅行が終わった後でした。


皆さんにもこういった経験はありませんか?

久しぶりに家族がそろった休日、家族の誰かが「久しぶりに家族で~行かない?」と提案したら。本当は買い物や友達と会おうと思ったけど、最近家族揃って出掛けてないし、せっかくの提案だから行こうかと提案された側は思うでしょう。そして、実は提案した側も違う予定を入れようとしたけど、家族が揃っているのを見て、「また家族で出掛けたいね」っていつか聞いた気もするから提案してみたということもあります。

「家族だったらはっきり文句言えるでしょう」と思った人は、皆さんが勤めている職場やチームだったらということを考えてみてください。こういったことは経験あるのではないでしょうか?

このパラドックスは、一種の集団心理の危険性を暗示しています。誰も望んでいないのに、皆が望んでいると思って時間・お金・体力も大量に消費するマイナスの方向へ向かうのです。

これは皆が賛成したから良い、多数決で決まったのだから一番良いというのを根本から崩してしまいます。

特に日本人は「忖度」「空気を読む」という言葉があるように、相手を思いやろうとしたり、衝突を避けようとしたりすることが多い民族です。思い当たることありませんか?

話が大きくなりますが、このパラドックスは「選挙で選ばれたからこの人は国民皆が望んだ議員か、投票で決まったから国民皆が望んだ法案か?」という民主主義にも注意を突きつけます。歴史的にも選挙で選ばれた独裁者はいますね?そう考えると恐ろしくなってきます。

だからこそ、提案する側は相手がこうしたいだろうで提案するのではなく、しっかりとしたメリット・デメリットを考え、自分自身の意見も主張することが大切です。そして、仮に否定されても腹をたてたりせず、その事をさらに考えるのです。

そして、提案された側は提案者が誰かに関わらず、同じくメリット・デメリット、自分自身の意見を考えましょう。そして、「それは違うんじゃない?」という意見する勇気も必要です。ただ流されて、後から本当はこうしたかった、あの人がああ言ったからというのはやめましょう。

お互いに損をしないように、そして大きな過ちを犯さないよう、普段のコミュニケーションから相互に気を付けることが大切です。

今ある結果は皆が望んだ結果ですか?

その意見は皆が本当に同意していますか?

少しでも投票が多い方を選べばいいや、あの人が良いと言った方を選ぼう、皆が良いと言っているからそれでいいや

その考えなしの判断が、過ちの始まりなのです。

投稿者: ムギ

介護施設の事務員をやってる30代男です。商業高校卒業後、調理師専門学校入学、調理師としてホテルのフランス料理レストランに勤務。その後、地元のレストラン、漬け物工場、回転寿司屋、ステーキ屋と働き現在の職に転職しました。現在は介護福祉士の資格取得のため勉強中です。

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