こんにちは、ムギです。
皆さんはユゴーの「レ・ミゼラブル」という作品をご存知ですか?小説から始まり、映画、ミュージカルと幅広くリメイクされている有名な作品です。母から薦められたのをきっかけに読み、すごく面白い小説であり、すごくいろんなことを考えさせられる本でした。
「レ・ミゼラブル(Les MISERABLES)」は「惨めな人」という意味です。この作品の中でも惨めな人、悲惨な人、哀れな人が多く現れます。中には犯罪に手を染めたどうしようもない者もいます。この作品は、作者ユゴーが生きた時代(1802~1885年)と革命期の実体験と合わせて作られた壮大な歴史小説です。
さて、話変わって現代の日本はどうでしょう?
経済格差は依然ありますが、ユゴーの生きた時代のような貧困は少ない。仕事も働こうと思えばいろいろあります。高校生でも、主婦でも、定年退職した高齢者でも働くことができ、最低賃金も保証されています。さらにはインターネットが普及し、スマホで仕事をいくらでも探せます。
では現代にもレ・ミゼラブルはいるのでしょうか?
そこで、福沢諭吉の心訓の中にある一文を紹介します。
「世の中で一番みじめな事は、人間として教養のないことです」
この一文に多くのことが表されていると思います。
教養とは、教育であり道徳でもあります。だからこそ、頭がいいから立派ではなく、善い人間なら無知でいいというのも違います。それは、どの時代でも同じです。そう、現代でも。
必要最低限のことは学校の義務教育で学べます。しかし、社会に出てから学ぶことは、ほとんどの人は自分の仕事の業務だけではないでしょうか。ここで、自分から学べる人と受け身の人で差が出てきます。
社会に出てから学ばない人は時が経つと忘れていく一方でどんどん劣化していきます。学生時代の考え方、新入社員時代までの考え方では必ず壁にぶちあたります。そして、その壁にぶちあたっても、学ばない人は自分には才能がないからだと諦めます。さらには上司のせい・同僚のせい・会社のせい・国のせいにします。そうやって20代・30代・40代・・・と歳だけ経っていけばどういう人生になるか。皆さんも様々な人を見てますよね。その中で「あんな人になりたい」「ああはなりたくない」と思った人達はいませんか?そして、自分はどうなっていますか?
周りの人から学べることは多くあります。いい手本も悪い手本も、自分自身を見る鏡なのです。それを自分は自分、他人は関係ないと遠ざかり、さらには傷つけることも厭わなくなってしまえば、社会から孤立します。いつの間にか”惨めな自分”になっているかもしれません。
そう考えると、「レ・ミゼラブル」にあるような革命時代の貧しい人達も、現代の情報も人も溢れた現代でも一番惨めな人間を造るのは、誰の心にもある『怠惰』ではないでしょうか?上には上がいるのも同様、下には下がいます。この”奈落の底”は、底なし沼のように地に着いたと思ってもさらに沈んでいきます。
こう言っている僕自身も沈んだことがあります。ニートの時期もありました。貯金がどんどん減り、仕事を探そうにも、どこか楽な今がいいと思ってしまう。仕事を見つけても、また苦しい思いをするんじゃないかと怖くなり、やっぱりいいですと言いそうになる。
それでもまた立ち上がるためには、どこかで「このままじゃだめだ」「また立ち直りたい」「今の自分を変えたい」と意志を強く持つことが必要になります。
そんな時、TVやYouTubeを観ると多くの”すごい人達”がいました。LINEやFacebook、twitterからいろんな人の投稿を見ました。勉強になること、癒しになること、面白いこと、さらには自分よりつらい思いをしている人の話を観ました。ただ、どこかで虚しかったんです。頑張っている人とつながるためには、自分も頑張っていなければ対等に接することができません。応援されてばかりでなく、自分も人に与えられる人間でなければ一生惨めなままです。そして、「それだけは絶対に嫌だ、人生は一度きり、このまま終わらせてたまるか!」。そうやって僕はまた立ち直ることが出来たのです。
怠け癖は性格のようなもので、しょうがない一面もあると言えます。しかし、自分の人生においては怠けてばかりはいられません。楽な方、楽な道を選び続けてたら、いつの間にか苦しい方へ向かっていることもあるのです。
逆にどんなに苦しい時にも投げやりにならず、出来ることをコツコツ努力し続けられる人は必ず道が開けます。つらい時でも他人にやさしくできる人は必ず信頼されます。
苦しいときも、楽しいときも、自分の心と身体をしっかり管理できる人は、どんな時代になっても生き残ることができるのです。
一つのパンを盗んで徒刑場に19年いたジャン・ヴァルジャン。心は憎しみと怒りに包まれ、獣のようになっていました。そんな彼を救ったのは、一人の司教でした。
司教はジャン・ヴァルジャンに語りかけます。
「あなたがその苦しみの場所から、人間に対する憎しみや怒りの考えを持って出て来たのなら、あなたは憐れむべき人です。
好意と優しさと平和の考えを持って出て来たのなら、わたしたちの誰よりもすぐれた人です。」
こうして、ジャン・ヴァルジャンは心を悔い改め、立派な市長にまでなり、その後の革命期を生き延びるのです。
人生は小説ではありませんし、人に語られるような人生を送る人もごくわずかです。
それでも、怠惰に溺れ惨めな人生は送りたくない。
才能や富はわずかでも、他人を思いやり、まっすぐ成長し続けられる人間になれたなら、それはもう”すごい人生”ではないでしょうか。

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