周り道してもいいんじゃない

こんにちは、ムギです。

今回は「無駄は無駄のままなのか」をテーマにお話しします。

以前の記事「努力は報われる?」にて、『80対20の法則』を紹介しました。少しおさらいします。

  • 原因の20%が結果の80%
  • 投入の20%が産出の80%
  • 努力の20%が報酬の80%

「パレートの法則」「不均衡の法則」「最小努力の法則」とも呼ばれ、これを使うと効率よく、そして大きな結果を出せるようになると前回お話ししました。会社・社会だけでなく、自分の時間の使い方・お金の使い方・勉強の仕方・友達付き合いにおいても広く適用できます。

さて、この法則を最初から知っているのと知らないのでは行動が変わってきます。ただ慣習に流されて行動するよりも目的が明確になり、集中できるようになります。それは、極力無駄な時間・モノ・コトを排除するということでもあります。

今回着目するのはその無駄と思われること。先程の法則から考えると以下のように表現できます。

  • 結果の20%を生む原因の80%
  • 産出の20%を生む投入の80%
  • 報酬の20%を生む努力の80%

パレートの法則もこちらの表現も、実際に行った結果があって、それをよく調べたら分かった関係性ということであり、そこから判断できる経験則であります。つまりは「やってみないと分からない」ことです。やってもいないうちに無駄を削ごうとしたり、ただ知識だけで分かったつもりでいるのは違います。実際には私達は何も知りません。

古代の哲学者ソクラテスは弟子から「この国で最も賢い者はソクラテスだ」と神託を受けたと聞きます。それを確かめるため、多くの知識人と弁論を交わし、「自分は何も知らないことを知っている(無知の知)」と結論しました。プラトン著『ソクラテス弁明』でのとある場面です。賢者と呼ばれる者ですら、知らないことはたくさんあるのです。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」

このような言葉がありますが、これの本当の意味は、真の賢者は経験からも歴史から学ぶということだと思います。知識だけでは知ったことにならず、自ら経験する、体験することこそが真の学びです。そこから考えて、これは無駄だ、意味がないから今後はしないと決めればいいのです。

逆に言えば、これまでなんて無駄な時間を過ごしたんだろう、遠回りしたんだろうと悔やむ必要はありません。不器用だから、頭が悪かったから、他の人よりも時間がかかったからといって自分を卑下しなくていいのです。むしろ他の人よりも使った時間、考えた時間を振り替えればその人だけの発見が見つかることがあります。

それが「セレンディピティ」ということです。

セレンディピティ(serendipity)とは「思いがけないことを発見する能力」を言います。主に科学分野で使われる言葉です。

研究している過程で、「あっ、失敗した!」とか「何だこれ?」となったものが、別の分野からみたら「ものすごいこと」だったということがあります。結核の治療薬のペニシリン、イルカ同士の音波交信などが、こういったセレンディピティとして有名です。

セレンディピティの語源はペルシアのおとぎ話の「セレンディップの三人の王子」から来ていると言われます。

「セレンディップの三人の王子は立派な王になるために旅に出ます。
三人はたえずものを見失います。どんなに探しても探すものは出てきません。
それでもあきらめず、三人の知恵とひらめきを振り絞って探していると突然思いもよらないものが飛び出してくるのです。それが一度や二度ではなく、何度も起こったのです。
そうして三人は故郷に帰り、立派な王になったのです。」

ざっとこんな感じのお話しです。ちなみにセレンディップは今のスリランカのことです。

探しものを見つけられた、得られた時の喜びは大きいものです。見つけられない時は焦り、苦しいものです。しかし、ふと周りを見渡せば考えもしなかったものがあるかもしれません。

そう考えたら、人より結果を出すのに時間がかかる人というのは、そういった発見のチャンスを多く与えられている人とも言えるのではないでしょうか。合理的、結果重視にしてたら見つからなかったものを発見できるのではないでしょうか?

この考えにより、天才肌の人よりも物覚えが悪かった努力型の人の方が教えるのが上手いということも説明できます。また、天才肌の人の方がスランプに陥りやすいことも納得します。自分には才能がないと別の道を歩んだ人も、別の道で成功したり、その後また元の道に戻った時に以前はできなかったことが出来るようなったりということもあります。

最後に今日のまとめです。

  • 「80対20の法則」は実行・経験してこそ分かる法則
  • 「自分はまだ何も知らない」、よって自分にとってのベストな道を早く決めなくてもいい
  • 合理的・結果のみを追い求めていてはセレンディピティには出会えない。気分的に、または意図的に周り道(遠回り)をしたっていい
  • 不器用な人、理解が遅い人は実は多くのチャンスをもらっている。

20代で年収何千万のように最速で成功できる人はすごいです。しかし、だからと言ってそれ以外が敗者かと謂えばそれは違います。人生80~100年の時代、道は必ずしも一つではありません。

人間万事塞翁が馬

結末を迎えてもいないのに何が良かった/悪かったと判断するのはおかしい。その時は怖いと思っていた道も、遠回りしてしまったと思った道も、ふと気が向いて歩んだ周り道も、人生のゴールに向かって進んでいれば辿り着けるところがある。

昔の人達は、そういったところに”セレンディピティ”があることを知っていたのかもしれませんね。


関連記事「努力は報われる?」

「”無知”を知る勇気」

参考文献

Amazon「人生を変える 80対20の法則」リチャード・コッチ著

Amazon「ソクラテスの弁明・クリトン」プラトン著

Amazon「乱読のセレンディピティ」外山滋比古著

投稿者: ムギ

介護施設の事務員をやってる30代男です。商業高校卒業後、調理師専門学校入学、調理師としてホテルのフランス料理レストランに勤務。その後、地元のレストラン、漬け物工場、回転寿司屋、ステーキ屋と働き現在の職に転職しました。現在は介護福祉士の資格取得のため勉強中です。

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