こんにちは、ムギです。
まず皆さんに告白したいことがあります。
僕は、自閉スペクトラム症です。所謂”発達障害”です。
この場でこれを公開するのが良いか悪いは分かりません。それでも、同じような悩み、苦しみを味わっている人がいるのも事実です。今回はそういった人達に向け、僕なりの「自分のアイデンティティーとして向き合う考え方」をお話ししたいと思います。
まず発達障害といってもADHDやアスペルガーのように、様々な由来がありますよね。では自閉スペクトラム症はどういうことなのか、自閉症とはどう違うのかをまず説明します。
自閉症スペクトラム症(ASD)は一般的な定義は「対人関係が苦手・強いこだわりといった特徴をもつ発達障害」です。
「何それ?コミュ症ってこと?」
僕も最初に聞いたときはまったく何のことやら分かりませんでした。そこで、自分なりに調べた結果、一番分かりやすい説明は「こころの健康情報局 すまいるナビゲーター」というサイトに書いてありました。
数々の特徴があげられていますが、なぜここまでこれといった分かりやすい症状がないのかというと、そもそも自閉スペクトラム症が【特有の性質】【特性】と考えられるからです。
典型的な「自閉症」の特性を持つ障害は、典型的な「自閉症」、特性の目立ち方や言葉の遅れ有無などによって「アスペルガー症候群」「特定不能の広汎性発達障害」などに分けられていました。そしてこれらに共通した特性を持つものを、虹のように様々な色が含まれる一つの集合体として捉えようとしました。それが『自閉スペクトラム症』です。
これが問題になるのは、ただ対人関係が苦手ということではありません。この特性を周囲に理解してもらいにくく、いじめに遭う、一生懸命努力しても失敗を繰り返すなどのストレスがつのり、身体症状(頭痛、腹痛、食欲不振など)、精神症状(不安、うつ、緊張・興奮しやすさなど)、さらには不登校やひきこもり、暴言・暴力・自傷行為などの二次的な問題を引き起こしやすいと言われています。
そしてこういった発達障害は、子供のことを指しがちですが、大人になってから見つかるということがあります。僕がそうでした。
ここからは自分自身の話になります。
僕は調理師の専門学校を卒業してからホテルのレストランに就職しました。しかし、そこの人間関係に悩み、3度の脱走をしてしまい退職しました。それから地元にあるレストランに就職しました。心機一転のつもりでしたが、物事は最悪のカタチになりました。オーナーシェフと自分、パートのおばちゃん3人で働いていましたが、オーナーは昔ながらの人ですぐに不機嫌になり、周りに当たります。飲食店のドラマなんかを見てイメージは分かると思いますが、まさに自分にとって最悪の環境でした。
それでも、何とか怒られないようにメモをとり、チェック表を作ったりして忘れや抜けがないように気をつけていましたが、それでもダメでした。「何で自分はこんなことができないんだ、他の人は上手くやってるのに」と自分を攻めました。そしてようやく「あれ、自分って普通じゃないのか?」と疑問が沸いたのです。
そんなある日に終止符が打たれます。クリスマス前のこれから繁忙期になる前日、朝から機嫌の悪いシェフ、何を失敗したかは忘れてしましましたが、「お前はバカだ❗」と言われシェフにぶたれました。その時「あっ、もういいや」と冷静になってしまい、4度目の逃亡をしました。
そこを辞めてから、何をしたいか、もうどうだっていいやと自暴自棄になりました。自殺を試みても、自分にはそんな勇気はありませんでした。兎に角このままでも仕方ないと思い、発達障害支援センターに行ってしっかり診断してもらいました。そこで診断されたのが先程言った「自閉スペクトラム症」です。24歳での出来事です。
よく診断されると気持ちが楽になると言われますが、僕はそんなことは思いませんでした。もっと早くに気づいていればという思いと、じゃあこれからどうするの?という疑問。実際に病院に通って治療した方がいいですよと薦められても、何だか根本的解決になってないと感じたので、病院には通わず友達の勤めている食品工場でアルバイトしていました。
発達障害と分かってからどうしたかを話します。
発達障害について知ることが先決だと思い、いろいろ調べました。本として参考にしたのは、岩本友規さんの「発達障害の自分の育て方」です。また、発達障害と似たもので「愛着障害」についても調べました。
それらの中で学んだことは、『自分が自分の親になる』ということです。自分を子供として自分が親ならどう育てたいか、どうなって欲しいのかを考えるのです。
その中で僕はどうしたかというと、まず積極的に勉強会などのイベントに参加しました。中々人と話す機会を作れない、友達が少ない発達障害の人は、自分から機会に飛び込んでいくのです。もちろん声をかけられず、トレーニングとして失敗に終わったことがほとんどです。しかし、勉強会で学んだことにより、視野が広がっていったので損はないです。
もう1つは空手を始めました。自信をつけるのに一番なのは、心身共に強くなることです。空手といっても極心空手のようにがっつり試合するところでなく、所謂「型」を重視したところに入会しました。また、そこはブラジリアン柔術も教えていて、護身術を学ぶこともでき、面白かったです。もちろんスパーリングといって模擬試合のようなことをするのですが、何度も負け続けて悔しい思いもします。しかし、そこは負け強くなる訓練でもあるので、悔しいと言葉に出さないことも大事です。自分なりに練習と研究を続けていて、ある日、ようやく一本とれたときは、顔には出しませんがすごく嬉しかったです。
さて、そうやって自分自身の成長を感じてきたからか、このままパートで終わるのが嫌になってきました。できることなら、また料理の道に戻りたいと思い、飲食店にWワークしました。そこが自分に合っていると確信し、友達の工場を辞めてその飲食店一本にし、ついに正社員になり今に至ります。
以上が僕のこれまでの話です。
まだまだ苦しいこと、理解してもらえないことは多いですが、今の職場で自分は社会に貢献できると感じています。
発達障害は治すものでも、才能のようなものでもありません。言わば発展途上なのだと思っています。自分をどう育てていくか、どういう自分になりたいかは自分次第なんだと学びました。
今回は自閉スペクトラム症とどう向き合ってきたかの話しをしました。
また、次の記事でお会いしましょう。ありがとうございました。
