こんにちは、ムギです。
何かを勉強するには、教科書となる本が欲しいですよね。今回は「自分にとって必要な本とは何か」についてお話しします。
僕にとって一番の勉強は紙の本を読むことです。実用書や自己啓発本だけでなく、美術系の本や小説、雑誌も買います。
ただ、紙の本の欠点は本棚がすぐにいっぱいになることですよね。それなら電子書籍でいいじゃないかと思われるかもしれませんが、あれだって物質的な量は減っても、情報の量と考えるとやっぱり同じことだと思うんです。「あれどこにやったっけ?」となる前に整理しないといけません。
もちろん買った本っていうのは思い入れがありますよね。これは自分には必要だと思ったから買うわけです。その場限りや何となくなら、図書館などで借りるか、インターネット上の要約サイトやチャンネルを見ればいいのです。手元に置いとく価値があると判断したから買ったのです。
さあ、そんな思い入れがある本なので整理するのも一苦労ですね。売るか捨てるかと問われればまた本を一通りめくって「ああ、やっぱ面白いな」「あっ、でもな・・・」と自問自答を繰り返し最終決断をしていく・・・
そうやって整理していった本棚はやっぱりすっきりしています。後になって「売らなきゃ良かった」って後悔することも多々ありますが、また必要になったら買えばいいやと自分に言い聞かせ、ひとまず満足しておきます。
さて、残った本達を眺めると、やっぱり良い本が残っているなと気づきます。良い本とは、『自分にとって必要な本』ということです。
実際に皆さんも今、自分の本棚、電子書籍ならリストを眺めてみてください。それは「今のあなたにとっての必要な本」、正確に言えば『以前のあなたがこれからの自分に必要だろうと思った本』がそこにあります。
必要というのは何も自己啓発本だけでなく、小説やマンガも含め、時には知識や発見を得るため、時には自己ステータスにするため、時には笑ったり泣いたり感動し、人生の糧とするために「欲しい」と手にとることを言います。
「いやいや、そんな大それたことを考えて買ってないよ。軽い気持ちだよ」
もちろん僕も買うときにそこまで考えているわけではありません。何となく面白そう、読んでみたいなと思って買います。そしてそれを読んだ後、何かしらの感想や余韻を持ちますよね。その感想や余韻を踏まえて、いざ整理するときに残すか残さないかを判断します。少なくとも残った本には「また読みたい」と思わせた感想やら余韻があるようです。これは使えるなと確信した理屈があるようです。
それは何かと考えたら、残った本は『読めないけど分かる本』じゃないかと思うんです。「読めない」というのは言葉が難しいとか、外国の本という意味よりもっと広範囲な意味です。「分かる」というのは理解するということよりももっと広範囲な意味です。
例を出します。
多くの経営者に愛され、はたまた歴史上の偉人までもが読んでいたとされる「孫子の兵法」はどうでしょう。
中国最古の兵書と謂われていますので、外国の本ですし、時代的にも古く読むのは難しいですよね。もちろん各国で翻訳され、日本でも孫子を元にした所謂「超訳」本も多数出版されています。なぜここまで国、時代を越えて読まれるのでしょうか?
それは、誰も孫子の言葉をちゃんと読めないからではないでしょうか。
ここでいう読めているというのは、孫子の言った言葉の「意味」を理解しようとすることです。孫子は当然現存していませんし、もし生きていても、孫子のような頭のきれる人の考えを他人が100%理解できるでしょうか?また、兵法なのでもともとは戦争の仕方と国家としての心構えを書いています。ありがたいことに、多くの研究者が解読してくれましたので、私たち一般人も文章の意味、また時代背景までもかなり分かるようになりました。それでも100%理解することはできません。仮にできたところで戦争を無くそうとする今の時代において、読まれる理由はあるでしょうか?
それこそが、『読めないけど分かる』ということ。つまり、意味を100%理解はできないけど、孫子の考え・真意をその時代・場所に合わせ、あなたの歳・立場で適切に解釈できるということです。
経営者にとってはトップの立場から多くの人・モノ・金・情報を使って市場という競争に勝つにはどうするか、と読めます。学生の立場なら部活動やクラスで良い成績を収めるにはどうすればいいか、とも読めます。はたまた、人生において成功するには、とも読めます。
文章に書いてあることを読みとくと同時に、「今、孫子が生きていたら何というだろう?」「自分がこの孫子の兵法から学べることは何だろう?」と想像を膨らませる。所謂「行間を読む」ことです。そしてそれらと自分自身の経験や記憶と繋げていく。それが本から学ぶということではないでしょうか。だからこそ、読む度に理解が深まっていくのです。孫子が書かれたころの時代背景や中国の文化を知り、自分が歳を経ることもそうです。
このようなことは孫子などの古典に関わらず、新書でも同じことがあります。子どものころから読んでる小説やマンガでも、大人になってから好きなキャラクターや共感できるキャラクターが変わった、登場人物の気持ちが分かるようになったことはありませんか?いくつになっても面白い本とは、こういうものですよね。
しかし中には、その読む度に味わう深みのようなものが浅い本がありますよね。それが『読めるし、分かる本』です。皆さんが手にとる本の多くはこれではないでしょうか。文章も分かりやすいし、1回読めば意味もほとんど分かる。ただこういった本は即効性としては強いですが、飽きやすい。そういった本は「残さなくてもいい本候補」になりやすいです。
そして、『読めるけど、分からない本』『読めないし、分からない本』は、そもそも買わないでしょうし、もしあったなら迷わず処分しましょう。ただ難しいだけの本があってもそれは形だけです。本もある程度その人にあったレベルでないと意味がありません。そして何より、その著者の言いたいことは分かっても共感ができなければ、持っていても何も得るものはありません。
だからこそ、『あなたにとって必要な本』というのは、皆違います。自分がいいと思ったモノがいいのです。それなので本棚を見れば、自分が何を大事にしているか、はたまたその人はどんな価値観を持っているかが分かるのです。
さあ、皆さんの本棚には何が置かれていますか?何がこの先残るでしょうか?最後まで残った本の中には、あなたが一番大切にしてることが書いてあるのでしょうね。
